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数日後、受付にてまたもや報告書の提出がてら紅はイルカと出会った。 「こんにちは、イルカ先生。」 「こんにちは紅先生、任務お疲れ様です。」 イルカは紅から報告書を預かると内容のチェックを始めた。紅はそんなイルカに少しだけ顔を近づけて内緒話をするように声を潜めた。 「イルカ先生、この間のことなんだけど、やっぱり分からなかったわ。ごめんなさいね。」 「あ、いえ、こちらこそわざわざすみませんでした。大変でしたでしょうに。」 きっと資料室で資料と格闘してたんだろうなあ、と思ってイルカは紅を労った。 「あら、いいのよ、ま、ちょっと値は張ったけど収穫はあったから。」 「は、値が張る、ですか。」 イルカは不思議な言い回しだな、と思いながらも報告書を受理した。 「報告書、受理しました。お疲れ様でした。」 「ありがと、じゃあまたね。」 紅はにこりと微笑んで受付から去っていった。やはり優雅な去り際だった。 「おいおいなんだよ、夕日上忍と何時の間に仲良くなったんだよ。」 抜け駆けなんてさせねえぞっ、とイルカの首を絞める同僚にイルカはそんなことあるわけないだろう、とギブギブと机を叩いた。 「ま、そりゃそうだよな、万年中忍の俺たちに上忍くの一の相手が務まるわけないもんなあ。」 自分で自分の首を絞めて同僚は大きくため息を吐いた。自分で言わなくてもいいだろうに、と思いつつ、イルカはさてどうしたものか、と思案していた。ここでナルトにやっぱり分からなかったと言うのは容易いが、どうにもここまで来て分からなかったでは済まない所まで来ていた。これはもうあれだ、少々聞きづらいが直接聞くしかないだろう。意地悪をされているとは言え、仕事の話しやある程度の世間話はすることだし。 「おやおやイルカ先生、こんな所で残業ですか。思うに待ち人でも待っているという状況なのは一目瞭然ですが一応ここは公共の場なのであまり活用されない方がいいですよ。」 一瞬むっとしたが、事実なので反論できない。 「か、カカシ先生を待ってたんです。」 「ほう、珍しいこともあるもんですね。さて、一体何の御用でしょう?」 イルカはめげずにテンションを上げて聞くことにした。 「あの、カカシ先生の誕生日っていつなんでしょうか?実はナルトの奴が聞きたがってまして。でもあの子もただいたずらに聞きたいがためだけに知りたいわけじゃないと思いますよ。やっぱり自分の上司であるカカシ先生のことが知りたいと思う気持ちがあってこその興味探求だと思いますから。」 まあ、カカシをぎゃふんと言わせたいとは言っていたが、それでもイルカ以外の大人にくってかかるなんてことは今までほとんどなかったことなのだ。それくらいナルトはカカシのことを信頼しているし、まあ、言い方はおかしいが甘えたいのだろうと思う。 「まあ、素直に表現はしないでしょうが、あいつらなりにきっとカカシ先生を、」 「いいですよ、教えましょう。」 イルカの言葉を遮って、あっさりとOKしてくれたカカシにイルカは拍子抜けしたが、教えてくれるのならば教えてもらわねば。 「ただし条件があります。」 やっぱりなんか裏があるのか、とイルカは想像していた通りだと苦笑した。 「なんでしょう?俺にできることでしたらやりますよ?」 「いや、簡単なことですよ。実は最近飴玉を作るのに凝ってましてね、試作品の試食をしてもらえませんかね?」 そう言ってカカシは懐から小さい缶を取りだした。中からからころとかわいらしい音がする。 「さあ、どうぞ。俺も一つ食べますね。どうも自分で食べてもいまいち自信がないんですよね。」 カカシは自分の口の中に一粒入れた。そしてガリガリとかみ砕いてあっという間に食べてしまった。口布がめくれた所すら見えなかった、早業だった。 「うっ」 口に入れて数秒後、イルカは渋面を作った。 激しいまずさだった。未だかつて兵糧丸ですらここまでまずいものは食ったことがない。なんなんだこの味は。明らかにお茶系云々の味ではない。むしろ草っぽいと言うか、とにかく未知の味だった。 「あ、あの、カカシ先生、これって何が原料なんですか?」 イルカは恐る恐る聞いた。口の中でできるだけ唾液で溶かさないように気を付けて、カカシが去ったら吐き出す準備までしているほどこれ以上は食べたくない味だった。先ほどカカシはこれをかみ砕いていたわけだが、とても人間業じゃない。味覚がおかしいとか言う問題ではないような気がする。 「あー、聞いたらイルカ先生引きそうですね〜。」 ちょっと待て、そんなにやばいものが入ってるのか? 「なんなんですか...?」 「え、聞きたい?聞いたら泣いちゃうかもしれませんよ?それでもいいんですか?」 聞かない方がもっと不安で眠れやしねえよ、と心の中でツッコミを入れるイルカ。イルカの沈黙を肯定と取ったのか、カカシはそんなイルカを見てにこりと微笑んで言った。 「原料はそこらに生えてた野草とカマキリです。」 ぶはーっ!!とイルカは飴玉を吹き出した。何故かそれをカカシは指先でキャッチする。さすがこんな所にまで上忍としての力が発揮されている、とか感心している場合ではない。 「カカシ先生っ、嫌がらせにしても質が悪いですよっ。なんですそれ、食べ物じゃないですよ!?」 「そうですか?戦場で食い物がなければ草でも虫でもなんでも食うのが忍びでしょ?」 う、とイルカは言葉に詰まった。言い分は尤もなような気がするが。 「け、けどっ、」 「まあまあ、交換条件だったわけですから、そういうことで俺の誕生日はお教えすることができませんでした。はいざんねーん。」 ちっとも残念そうでないカカシはイルカが吐き出した飴玉を自分の口の中に放り込んだ。そしてやはりガリゴリとかみ砕いてごくんと飲み込んでしまった。 「じゃ、イルカ先生、またね。」 カカシはそう言って受付から去ってしまった。イルカはその場で呆然としていた。 「いや、なんでもないよ、ぼーっとしてた。」 「そうか?なんか元気ないな、帰ってゆっくり休めよ。」 「ああ、そうするよ。」 イルカは弱々しい笑みを浮かべると受付から出て行った。背中に哀愁が漂う。その後ろ姿を、三代目がやれやれとため息を吐いて見送っていたことは誰も知らない。 カカシは森の中にいた。かつてその場所は九尾の狐が咆吼をあげていた場所であった。多くの命が奪われた場所、ナルトの中に狐が封じ込まれた場所、だが、なによりもこの場所はカカシの大切な人がいなくなってしまった場所だった。 「やはりここにおったか。」 気配もなくカカシの後ろに立った老人は笠を深くかぶって、瞑目するように言った。 「またまたそんなこと言って、どうせ水晶を見て来たんでしょう。」 おどけたように笑うカカシに老人は諌めるように名を呼ぶ。 「カカシよ、」 「分かってますよ、八つ当たりだってね。でもこればっかりはいくら三代目のお願いでも聞けませんよ?」 「ええ、そうでしょうね。」 カカシは何もかもを諦めたかのような笑顔を向けた。痛ましいものだと三代目はため息を吐いた。誰をも責められはしない、仕方のないことだった。 「帰ります。」 カカシは一礼すると瞬身で消えてしまった。それを見送って老人もその場から立ち去った。未だ悲しみが強すぎて滅多に人の訪れぬその森から。
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